施食会

本日8月7日に毎年勤めさせていただいています、施食会にてこの世に生まれて、そして亡くなっていった精霊の供養をさせていただきました。本年は流行り病もあるため、内容を少し小さくして勤めました。人間出来ることは出来るし、出来ないことは出来ないということがあります。当たり前かもしれませんが、出来ないことは出来ないと明きらめて、出来ることをぼちぼちと行ってゆく。その行ったことが良かったかどうかは分かりませんが、出来たことが積み重なって、また目の前に出来ることが現れてくるのでしょう。そう思いながら、今年の施食会を勤めさせていただきました。

生きているあいだ出来ることを行いながら過ごしてゆく。頑張りすぎず、頑張らなさすぎず。何事にも捉われず丁度良く生きる道(中道)がいつか見えるだろうか。


崇禅寺小住 晋道 合掌

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ほとけは帝釈天に次のように説かれた。 「カーウシカよ、この般若波羅蜜は、男にもせよ女にもせよ、心のまだ目覚めておらない者のために、よく正しく解き明かされねばならない。なぜならば、カーウシカよ、未来の世においては、えせの般若波羅蜜が説かれることもあるであろう。男にもせよ女にもせよ、心のまだ見ざめていない者が、この上ない完全な心の目覚めに至ろうとして、このえせの般若波羅蜜を聞くようなことがあれば、かれ

相承

相承(そうじょう)とは師匠より弟子へと仏の教え仏法を脈々と伝え受け継いでいくことを言います。 皆さんは大切と思う教えを誰かに伝えていますか。また、誰かから教えを受け取っていますか。 しかしながら、大切なことだからと無理に分からせようとしたり、自分が知りたいからと言って自分がまだその教えを聞く状態に届いていないのに無理に教え乞おうとするようなことでは、お互いに相承って教えが伝わることはないのでしょう

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